黒田日銀総裁は最前線に取り残された司令官か

2016.09.27発行 Vol.279
「黒田節だんだんわかりにくくなり」という川柳が新聞に載っていました。確かにその通りだと思います。先週の9月20日、21日の日銀の金融政策決定会合において、黒田日銀総裁は、異次元緩和の「総括」を行うとともに、新たな金融政策を発表しました。日銀は退路の選択肢がどんどん狭まって窮地に追い込まれつつあるのではないかと心配しています。

今回の新たな政策は、これまでやってきたことに加えて、長期金利を少し上げるというものです。国債の運用などで困っていた銀行や生保にはわずかな慈雨となりますが、現状年率マイナス0.5%まで落ちたインフレ率が目標の「2%」に向かって、上昇に向かう道筋は全く見えません。また、新政策発表直後から若干円高気味に触れていることも誤算だったでしょう。「持久戦」という表現がなされますが、言い方を代えれば、「いつ目標達成ができるかは分からない」と言っているのと同じです。実際には戦線を拡大し過ぎて、補給路を断たれた太平洋戦争末期の日本軍のような状況です。

これまでの「異次元緩和」を振り返れば、安倍内閣が発足したのが2012年12月ですが、その翌年の4月に異次元緩和が開始されました。少しテクニカルになりますが、日銀券と日銀当座預金の合計である「マネタリーベース」を当時(日銀券約85兆円+日銀当座預金約50兆円=135兆円)を2年で倍にすると発表したのです。これは、世界中の多くの金融関係者を驚かせ「異次元」という異名まで取ったほどです。マネタリーベースを増やす主な手法は、民間金融機関が保有する国債を買い取り、その代わり金を民間金融機関が保有する日銀当座預金口座に入金するというものでした。

それにより、一時期は円安に振れるとともに株価も上がりましたが、残念ながら所詮カンフル剤ですから息切れを起こし、2014年10月には、自民党の総選挙への応援もあり、さらなる緩和策を実行しました。国債の買い入れ額を年間65兆円程度から、約80兆円まで拡大しました。これも「異次元第2弾」として、一時は市場が好感したものの、やはり息切れを起こしました。そして、日銀が国債を市中から大量に買い入れるため、市中の国債が枯渇し、一方、日銀が価格変動リスクを取ってまで、発行済み国債の3分の1を保有するという異常な事態になってしまったものの、その後も物価は上昇しませんでした。

そこで、2016年に入り、銀行が預ける日銀当座預金の一部に、とうとうマイナス0.1%という、お金を預ければ金利を取るという「劇薬」まで試すこととなってしまいました。それでも物価は下落を続け、さらには、短期金利のマイナスだけならまだしも、新発の10年国債の利回りまでがマイナスに沈むという異常な事態になりました。

銀行としては、貸出金利が低下し収益が圧迫されるだけでなく、新発の国債で運用しようにも、満期まで持てば必ず損をするという状況となりました。とくに、貸出先がメガバンクに比べて少ない地方銀行や信用金庫は、預金を預かるだけ損が出かねない状況となりました。生命保険会社も運用が十分にできなくなりました。マイナス金利導入以降、地方の銀行や信金の幹部数人にお会いしましたが、皆さんとても苦労されていました。

そして、今回の長期金利(10年)を0%に誘導するという目標が設定されたのですが、株式市場が反応したのは当初の1日だけ、為替は現状の日本経済にとっては良くない円高に振れたのです。

なかなか本物の「成長戦略」にバトンタッチできない中、黒田総裁が「カンフル剤」と「劇薬」で持久戦を強いられる、最前線に取り残された司令官のように見えるのは私だけでしょうか。

【小宮 一慶】