震災から2年、精一杯生きるということ

2013.03.12発行 Vol.194
 東日本大震災から2年が経ちました。とても長い2年だった方もいらっしゃるでしょうし、あっという間だったという方もいらっしゃることと思います。あの震災では、2万名の方が亡くなられたり、行方不明となられました。これらの方たちのご冥福を再度心よりお祈りいたします。

 マスコミの報道も3月11日前後こそ多かったものの、次第に報道が減っています。しかし、復興途上にある地域では、まだ復興の初期段階でしかありません。また、福島県内を中心に、原発被害を受けておられる方々の中には、復興途上というよりも、原発の被害からどうやって立ち直るかの道筋がほとんどついていない方たちも多くいらっしゃることを私たちは決して忘れてはなりません。

 2年前、震災直後には、電力不足懸念から、電車がこれまで通り動かない時期がしばらく続きました。その頃には終業時刻を早めるなどの対応策をとった企業も少なくありませんでした。当社でも、遠くから来ている社員にはできるだけ早く帰宅させるようにしました。そうすると、社員の中には、日中から仕事がなんとなく手につかない人も見受けられました。あれだけの震災が起こり、また、電車のダイヤが乱れるだけでなく世の中全体が落ち着かない状況では仕方なかったかもしれません。

 しかし、その頃、私は朝礼で次のように話しました。「早く帰るのは電車の事情等があり、仕方のないこと。3時でも4時でも必要な時間に帰ってもらってかまいません。しかし、退社するその時に、今日一日、一生懸命働いたかどうかを反省してから帰ってください」ということを話したのです。

 事情があって早く帰るのは仕方のないことです。しかし、そうだからと言って、日中も落ち着かないようでは困ります。ですから、日中しっかりと働いたかどうかを反省してから帰って欲しいと言ったのです。

 しばらくすると、電車も通常運行に戻りました。しかし、私は、それからも時々、「日中しっかりと働いたかを反省してから帰って欲しい」ということを何度か朝礼で述べました。毎日、同じように仕事をしていると、どうしても、必死にやって今日中に片付けようという気持ちが薄くなってきます。しかし、それではいけないと私は思うのです。

 「日々新たに」と言う言葉があります。毎日成長し続けるということとともに、昨日までのことを思い煩わないという両方の意味があると思いますが、毎日を一生懸命、精一杯生きるということも含まれるのではないかと私は考えています。

 震災を例に出すまでもなく、毎日何が起こるか分かりません。生きたくても次の日を生きることができなくなった多くの方たちに代わって、残された私たちが毎日を精一杯生き、復興を手助けするとともに、この国日本の発展にわずかでも貢献することが、亡くなられた方たちへの一番の供養ではないかと思います。