選挙で問わなければならないもの

2012.12.11発行 Vol.188
 16日の総選挙が迫ってきました。私は、その日は地方で講演が入っているために、先日の日曜日に期日前投票を済ませました。東京に住んでいますが、衆院選の他に、都知事選、区議の補欠選挙、さらには最高裁判事の信任投票があり、衆院選では小選挙区と比例区の2回投票をするため、合計5枚の用紙を投票しました。投票所ではあまりにややこしいので、職員の人が一人ひとりに丁寧に説明をしておられました。

 さて、今回の選挙では当初多くの党が乱立し、最終的には第三極と呼ばれる政党がある程度はまとまりましたが、それでもまだ多数の党があり、政策も似たものもあれば、TPPや原発への対応などで大きく異なるものがありますが、それでも、なかなか候補者や政党を選ぶのが難しい状況となっています。私もそのひとりでした。

 その大きな原因は、3年前の衆議院選挙で民主党が打ち出したマニフェストのかなりの部分が守られなかったということが大きいと私は考えています。公務員給与の削減、衆議院の議員定数の削減、予算を増やさず組み換えで「コンクリートから人へ」を行うなどは、まったく守られませんでした。これでは何を信じて投票すればよいのかが分かりません。

 選挙では「信を問う」とよく言われますが、この「信」という字は「人の言葉」と書きます。つまり、言ったことを守るというのが信の大前提で、言ったことが守られない中で、どのように信を問うのかと嘆きたくなります。

 民主党だけでなく、他の政党も政権公約を掲げています。マニフェストの信用が全くなくなったので、あえて政権公約と言っているような気もしますが、いずれにしても信用を置けるかは不明です。そもそも「信を問う」前に、「信とは何かを問う」必要があるのです。言ったことを守るということの大切さを問いたださねばならないのです。

 そう言った意味で、候補者が信用できる人かどうかを見極めなければならないのですが、今回の選挙でのテレビの政見放送を見ていると、小選挙区でも党首が長い時間話し、各候補者はせいぜい数十秒程度、ひどいところだとそれよりも短い時間しか話しません。それでは、信用ができるかどうかを見極める以前の問題で、だれを選んで良いのかが分かりません。

 こうした時、私は故一倉定先生の言葉を思い出しました。「会社には良い会社、悪い会社はない。良い社長、悪い社長がいるだけだ」というものです。結局は、党首、あるいは実質的な党代表を見比べるしかないということでしょう。代表者の、能力のみならず、人間性、とくに言ったことは必ず守る人間かどうか、さらには、正しい考え方を身につけた人間かを見極めなければなりません。代表者には、これまで長年政治の世界にいた人が多いので、ふさわしい人がいるかどうかは別として、これならある程度は見極められるかもしれませんね。

 いずれにしても、当面は政治は混乱するでしょうが、しっかりした人が率いる、しっかりとした政権ができてくれることをこの国の将来のために、心から祈るのみです。