運命の人との出会い・・・岡本行夫さんを偲ぶ

2020.05.12発行 Vol.366
私が岡本行夫さんと初めてお会いしたのは、1991年6月でした。一日スケジュールを遅らせてニューヨークJFK空港から乗った成田便でたまたま隣り合わせに座ったのです。当時の私は東京銀行でM&Aの仕事をしており、ニューヨークで案件が一つ片付き、帰国するところでした。座席に座ってしばらくすると、私が読み終えた朝日新聞を見て、岡本さんが「その新聞を貸してもらえませんか。私が載っていると思います。岡本行夫と言います」と声をかけてこられました。確かに、その新聞には、岡本さんが外務省北米一課長を退職されて設立した岡本アソシエイツや岡本さんの記事が載っており、私もその記事を読んだところでした。まさか、その記事に出ている人が隣にいるとは思っていませんでしたから、驚きながら新聞をお渡しするとともに、私も自分がだれかを名乗りました。M&Aの仕事をしていると話すととても興味を持っておられました。
帰国してしばらくすると、岡本さんから電話があり、その後、何度かお会いしていると、岡本アソシエイツに来ないかと誘われました。かなり迷いましたが、初めてお会いしてから半年後に、当時7名だった同社に転職しました。自分の人生が大きく変わったのです。
岡本アソシエイツ時代には、ベトナムやイタリアはじめ多くのところに出張させていただき、多くの方とお会いする機会がありましたが、一番感謝しているのは、私をカンボジアPKOに選挙監視員として快く出張させていただいたことです。ひと月強ボランティアをさせてもらいました。
岡本さんは非常に人付き合いの丁寧な方で、「できるだけ多くの人と会うべきだ」と教わりました。岡本さんは、朝食、ランチ、ディナーもたいていはお客さまや知人と食事されます。それも別々の方たちとです。私が岡本アソシエイツにいたときには、同じ日に別々のお客さまで和食と洋食のフルコースのディナーをご一緒したこともあります。
その後、私が独立して経営コンサルティング会社を設立した時には、顧問契約を結んでいただき、経済的に支えていただきました。大変な信用ともなりました。その後、当社のほうから顧問をお願いし、長い間、当社のセミナーでは講師を務めていただき、多くのお客さまへ貴重な情報を与えてくださいました。本当に感謝にたえません。
岡本さんは私の運命を大きく変えた人でした。先日、岡本さんの突然の訃報に接し、とても驚き、寂しい気持ちでいっぱいです。岡本さんと出会っていなければ今の私はありません。
岡本さんは、岡本アソシエイツを設立され、新聞、雑誌やテレビなどで外交問題の評論やコンサルティングを行うだけでなく、橋本内閣、小泉内閣では首相補佐官を歴任され、沖縄の基地問題や中東問題で貢献されました。年初に、数回メールでやり取りしたのが岡本さんとの最後のコンタクトとなりました。
新型コロナウイルスでは、岡本さんの他に、もうお一人、親しくさせていただいていたテレビ局の役員さんも亡くなられました。本当に残念です。
早くこのウイルスが収束し、多くの方に平穏な暮らしが戻ることを心より祈るばかりです。
【小宮 一慶】
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