米国訪問で思ったこと

2012.08.28発行 Vol.181
 先日、非常勤の監査役を長い間させていただいているお客さまの米国法人が25周年を迎えられるということで、本社の社長や役員さんたちとオハイオ州のコロンバス郊外にあるマンスフィールドというところに行ってきました。2002年にもその米国法人を訪問したことがあるのでちょうど10年ぶりということになります。

 このお客さまは主に自動車部品を作っているのですが、自動車メーカーさんが米国に工場を作るのにともなってオハイオに進出したのが25年前だったそうです。その当時は、日本から米国に進出したい企業も多い中、米国での経験がどの会社もないために現地の合弁相手を探さなければならなかったのですが、米国の合弁相手からまず選ばれるのが大変だったそうです。当時常務だった現社長がおっしゃるには、「合弁先のオーナー社長と食事した時に、一番安いものを自分たちが頼んだので選ばれた」とおっしゃっていました。

 相手がご馳走してくれるとなると、つい高いものを注文してしまいがちですが、相手は、そんなところを見ていたのではないかということです。サラリーマンの人ではなかなか分からない感覚かもしれませんね。

 最初に赴任した工場長は、辞書を片手に筆談で工場幹部とコミュニケーションをしたということですが、その後、合弁を解消して自立したこの現地法人は、リーマンショックなどいくつかの試練を経験しながらも25年の月日が流れ、今ではその地域で2番目の雇用を生み出すまでの企業に発展しました。

 私たちが訪問した際に、全社員620名と工場の前で記念写真を撮りましたが、オハイオの真っ青な夏空の下、皆さんは明るい表情をしていました。写真撮影後、工場での朝からのシフトを終えた人たちが帰るのを見ながら、「この工場ができたときには、多くの人が結構ボロボロの車に乗っていたが、今は、皆、良い車に乗っている」と社長が感慨深気に話しておられました。

 このお客さまは、今では米国だけでなく、台湾、中国、インド、インドネシアなどに工場を進出させています。もともとは都内の町工場でしたが、今では、国内の社員数よりも海外の社員数のほうが多くなっています。少ない日本からの派遣社員さんが、現場のコントロールを行っています。派遣されている社員さんたちも苦労は多いと思いますが、この会社では原則単身赴任を認めないため、ご家族も慣れない外国で苦労されているところは少なからずあると思います。

 今回の米国訪問時に、土曜日に日本から派遣されている社員さんたちとゴルフをした後、クラブハウスでの懇親会には一部の方のご家族も参加されました。多くの日本人家族が、世界の隅々で生活しているわけですが、企業や日本経済が彼らに負うところは少なくありません。そして、ますますそういう方たちが増えていくことでしょう。感謝の気持ちでいっぱいです。懇親会での子どもたちの屈託のない笑顔を見ていると、気持ちが安らぎました。子どもたちは、現地の学校に通うとともに、土曜日には都会にある日本語の補習校に通っているそうです。多くの経験を積んだ子どもたちが、さらに幸せになることを願ってやみません。