私が大阪都構想に反対する理由

2019.05.28発行 Vol.343
大阪に住んでいない人にはそれほど興味がないかもしれませんが、今、大阪では大阪市を廃止し、大阪府を大阪都にするという、いわゆる「大阪都構想」が現実味を帯びつつあります。先日も、それまで、大阪都構想の可否を判断する住民投票にさえ反対していた公明党が、180度態度を変えることを表明しました。

私は、大阪都構想を強力に推進しようとする維新が嫌いだから都構想に反対しているのではありません。都構想が民主主義に大きな影響を及ぼすのではないかと懸念しているから反対しているのです。
もちろん、大阪府と大阪市が同じようなことをやる「二重行政」というムダを排除することには異論はありません。しかし、それは両者が真摯に話し合えば解消させることは可能でしょう。大阪市を廃止し、大阪都にしなければできないものではないはずです。

なぜ、大阪都構想が民主主義を危うくすると私が思っているかを説明しましょう。それは、民主主義がきちんと成り立つためには、何層にもわたって民意が反映する、それも、できるだけ住民の側に近いところで民意が発揮され、それが力を持つことが望ましいと考えているからです。極端な例では、国が決めたことには逆らえないような状況を作れば、戦前の日本のように誤った方向にも進みかねないのです。幾層にもわたってチェックすることができることが望ましいのです。

米国では、アメリカ合衆国という国の中に、強大な権限を持つ州があり、また、その中に、群や市町村が存在しています。合衆国政府は、外交や国防、最低限の社会保障を意味するナショナルミニマムを主に担います。州は軍隊や独自の課税権を持っています。私が以前に住んでいたニューハンプシャー州では消費税はありませんでした。そして、警察組織などは各市ごとに存在し、その責任者は住民が投票で決めます。草の根レベルでの民主主義が確立しているのです。だから各市町村や州の力は強く、連邦政府にも大きな影響力を持っています。

ここで、もし大阪都が成立し、大阪市がなくなるとします。もちろん、市がなくなった代わりに、区が行政単位となります。これまでの市長や市議会議員の代わりに、区長や区議会議員が選ばれるという意味では、階層の数では変わらないのです。しかし、私が懸念しているのは、区とこれまでの大阪市とでは、その持つ力が格段に違うということです。私は東京都民で世田谷区民ですが、行政組織としての世田谷区は80万人の人口がいるにもかかわらず、都知事の力は強大で、区が独自色を出すことは難しいのです。

大阪で市がなくなると、区は都に逆らうことなどおおよそ不可能です。各区は小さいからです。大阪ではIR(統合型リゾート)という格好いい名前の下でカジノ構想が着々と進められようとしています。これまでなら、もし、大阪市が反対すればカジノ構想はストップする可能性もあったと思いますが、市が廃止されれば、区の力は従来の大阪市より格段に弱いですから、大阪都の意向だけでその是非が決められてしまうことにもなりかねません。二重行政も、もちろんいいことではありませんが、見方によっては、対立する意見が併存する象徴とみなすこともできるのではないでしょうか。もう少し、慎重に大阪都構想を考えるべきだと私は思っています。

【小宮 一慶】
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