知覧特攻平和会館を訪問して

2016.12.13発行 Vol.284
先日、鹿児島で講演があり、主催者のご厚意で、知覧特攻平和会館を見学しました。鹿児島県内には、太平洋戦争時、特攻基地がいくつもありましたが、その中でも知覧は今でも有名です。

会館内に入って特に私の目を引いたのは、20歳前後の特攻隊員たちが特攻の直前に家族にあてて書いた多くの手紙です。数日後に確実に死が訪れる若い人たちが、何を書くのかということに、私はとても関心を持ち、多くの手紙を読みました。その手紙には、国や家族のために死んでいくことの意気込みを淡々と書いたものも少なくありませんでしたが、ほとんどの手紙では、家族への感謝や家族が元気で暮らしてくれることを願った文章でした。

特に私の目を引いた一通の手紙は、継母への手紙でした。幼いころに実母と別れ、継母に育てられた隊員でしたが、反発もあり、ずっとその継母に「お母さん」と言えなかったそうです。とても大切に育ててもらったにもかかわらず、「お母さん」と呼べなかったことを申し訳なかったと書いてありました。そして、文章の最後に「お母さん、お母さん、お母さん」と何度も書いてありました。死を目前にして、素直にお母さんへの感謝の気持ちを述べることができたのだと思います。

どの手紙も、とても純粋でした。私が死ぬときにも、彼らのように感謝といたわりの気持ちを持てたらと思いました。そして、だれもが必ずいつかは死ぬという事実を認識して、毎日をしっかり生きることが、若くしてこの国のために散っていった多くの方たちに報いることではないでしょうか。

もうひとつ、平和会館を見て強く思ったことがあります。為政者や権力者の誤りが多くの人の人生を変え、多くの悲惨な犠牲者を生むということです。太平洋戦争では、310万人もの人が亡くなったのです。現在の国会では、圧倒的な数に勝る与党が、カジノを設置するIR法の制定を目論んだり、憲法の趣旨を逸脱する解釈をしようとしています。もちろん、様々な意見があることは違いありませんが、権力者が間違った判断をすれば、多くの一般の人が犠牲になるということを忘れてはならないのです。私は憲法改正に反対ではありませんが、それでも憲法に基づいてそれが行われるべきであって、解釈でなんでも変えられるのなら、法律は不要です。それでは立憲国家、法治国家ではありません。IR法も刑法の理念を逸脱していると私は考えています。

いずれにしても、リーダーたるもの、常に反省の気持ちを持ち、自分の行動が正しいかどうかを省みなければなりませんね。

【小宮 一慶】