田中大臣の大学問題発言に見るリーダーのあり方

2012.11.13発行 Vol.186
 田中真紀子文部科学大臣の大学認可に関する発言が、一転、二転して大きな混乱をもたらしました。私は、田中大臣が言わんとしたことにも一理あると思いましたが、そのやり方や彼女の性格のせいで、せっかくの機会を台無しにしたのではないかと思っています。

 本件を少し振り返ると、審議会が大学設置を了承した3校に対し、大臣の権限として設置を認めなかったことで大きな波紋を投げかけた挙句、世論や民主党内などから反発の意見が出るとそれを撤回し、謝罪発言までしたわけです。政権末期の野田政権にとっても、マイナスの影響を及ぼしました。

 私が、一理あると思ったのは、皆さんもご承知のように少子化が急速な勢いで進んでいるのにもかかわらず、大学の数は逆に増加の一途をたどっていることについてです。もちろん、私立学校が自分の裁量で大学を設置するのは、その基準さえ満たしていれば問題のないことですが、膨大な財政赤字を抱え財政再建待ったなしの中で私立大学にも国家予算が使われています。さらには、日本の現状を考えた場合、今回の3校が必ずしもそうだというわけではありませんが、学力をそれほど要しない、ほぼ全入に近い大学がどんどんできていくというのもおかしな話だと思います。

 テレビでの街頭インタビューを見ていても、大学がどんどん増えることに対して疑問を投げかける声が聞かれました。日本は少子化が進み、生産年齢人口が減少する中、勉強することにそれほど意義を見出さない「大学生」をこの先も作り続けることが良いのかというそもそもの問題を考えるべきだと私は従来から思っていました。勉強にそれほど興味もなく、やる気もない人が、それほど学力がつくとも思えない「大学」に行くよりも、早く社会に出て、早く手に職をつけたほうが良いと思うのです。

 文部科学大臣となった田中真紀子氏がそれに対し疑問を呈するのはむしろ当然のことだと思います。社会的なムダを排除し、既得権益からその権益を奪うことは政治家のやるべきことだからです。しかし、彼女はその方法論を間違ったとしか言いようがありません。

 まず、校舎の建設も進んでおり、すでに志望者がいる3校を「やり玉」にあげてしまったことです。大学がこれ以上増えて良いのだろうかという疑問は、私も当然と思いますが、だからと言って、目の前にあるものを「叩き潰す」ことが必ずしも正しいとも思えません。テレビの街頭インタビューでもそのことに疑問を呈している人が少なからずいました。

 大臣が、そもそも論で疑問を呈するなら、目の前のことを叩き潰すのではなく、もっと長い時間軸の中で制度そのものを変える努力をするべきだったのです。ヒステリックに目の前のことを叩くのでは、問題は解決しないことを大臣レベルの人なら理解していなければなりません。

 また、田中大臣の個人的性格も影響しました。以前外務大臣をしていたときにも米大使を突然呼び戻し解任するなど、その過激な性格が問題になったことがありました。そのような過去の行動も、大臣の資質に疑問を生じさせ、やっていることの信頼性を失わせていたのです。

 いずれにしても、本質的な改革を必要とするような場合でも、リーダーの性格やことの運び方でうまくいく場合もそうでない場合もあるということです。「人のふり見てわがふり直せ」ではありませんが、私たちも気をつけなくてはいけませんね。