歴史を振り返る

2016.05.10発行 Vol.270
 皆さんどんなゴールデンウィークをお過ごしになられましたか。もちろん、ずっとお仕事だったという方もおられるでしょうし、熊本や大分の被災者の方たちはそれどころでなかったかもしれません。私は途中2日間出勤しましたが、残りは毎日物書きをしました。普段まとまって時間が取れることはないので、貴重な時間を得ました。そんな中、帰省していた息子に誘われて、二人で横須賀の戦艦三笠を見学に行きました。

 戦艦三笠は、日露戦争時に活躍した連合艦隊の旗艦です。司令長官の東郷平八郎や参謀たちが乗り込み、日本海海戦の指揮を執った船です。

 司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』に詳しいですが、対馬沖での日本海海戦が始まったときに、幹部たちは東郷長官を気遣い30センチの鋼鉄製の防御壁のある司令塔に入るように進言しました。しかし、東郷長官は、『坂の上の雲』の主役の秋山真之など数人とともに防護壁も屋根もない艦橋に残り、副官以下を、全員が一緒に爆死すると困るからと司令塔に入れたと言います。まさに「指揮官先頭」を実践したわけです。

 しかし、一部の方は疑問を持たれるかもしれません。司令長官がもし、戦闘中に死亡するなどとなれば、それこそ全艦隊の指揮が執れなくなることにもなりかねません。それでもなぜ、東郷は爆死する可能性のある場所に居続けたのでしょうか。とくに、連合艦隊がバルチック艦隊に遭遇した当初は、敵艦隊の前を横切る形で敵の行く手を遮る有名な「東郷ターン」を行ったわけですが、その際は、旗艦三笠が一番長く敵艦の砲撃にさらされる位置にいたと言います。それでも、なお東郷は無防備の艦橋に立ち続けたのです。砲撃の水しぶきが東郷達に容赦なくかかったと言います。

 それは、その戦いの重みを考えれば分かります。日露戦争時に、陸軍は旅順など中国を中心にロシア軍と戦っていたわけですが、もし、当時世界最強とも言われたバルチック艦隊に日本の連合艦隊が敗れるようなことになれば日本海の制海権を失います。その結果、陸軍は補給路を断たれ孤立、日本が負ける可能性が極めて高くなります。そうなれば、日本はロシアの属国となり、さらには、その後に成立したソビエトの一共和国となっていた可能性もあります。少なくとも領土の一部は奪われたでしょう。まさに日本の命運をかけた重要な海戦だったのです。

 負ければ日本はある意味おしまいと言った状況ですから、指揮官が命がけで先頭に立って行動することが必要だったのです。そして、自分の命を危険にさらしても先頭に立っているということでこの海戦の重要さを示し、部下たちを奮い立たせたわけです。実際、東郷司令長官が艦橋に立っていることを知った部下たちは、奮い立ったと言います。

 漠然と知っていた日本海海戦ですが、このことに限らず、歴史を具体的に知るということはとても大切ですね。こうしたことを現地で学べてとても有意義でした。

【小宮 一慶】