憲法記念日に思ったこと

2012.05.08発行 Vol.174
 先日5月3日は憲法記念日でした。ゴールデンウイークでお休み気分が強いため、憲法記念日でありながら「憲法」をそれほど意識しなかった方も多いのではないかと思います。私も、法学部出身ではあるものの、憲法について最近はそれほど深く考えてはいませんでした。もちろん、「戦争の放棄」をうたった第九条のことなどは気にはなってはいますが、残念ながら憲法についてそれほど深く考えることは、最近はなくなっていたのは事実です。

 おそらく、憲法改正には第九六条での「各議院の総議員の三分の二以上の賛成」を必要とすることが、政治がこれだけ不安定でふがいない中での憲法改正などあり得ないと、心のどこかで思っていたことも憲法に関心が薄れたひとつの原因でしょう。また、私だけでなく、多くの国民が、この国日本が、経済的には大きな閉塞感に覆われながらも、なんといっても平和で安全で住みよい国だから、憲法やひいては政治をそれほど意識しなくても過ごしていけるということがあるからでしょう。

 憲法記念日に、新聞の論説を少し読んで、久しぶりに憲法を読んでみました。まず、新鮮だったのは、憲法前文の格調の高さです。「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和における成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争のもたらす惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を制定する。(旧仮名遣いのまま)」ではじまる前文です。日本国憲法は、ご承知のように太平洋戦争終結後にGHQによって作られた憲法ですが、戦争の惨禍を二度と起こさず、国民主権を確保し、かつ国民の基本的人権を確保するという理念が、前文と全百三条にちりばめられている内容となっています。

 現在、私たちは、先人たちのおかげで、これらのこと(平和、国民主権、基本的人権の確保)を、たいして意識することなく、当然のことと感じられるすばらしい社会に暮らしているという認識が必要ですが、そのことを意識している日本国民がどれだけいるでしょうか。あまりに当然と思ってしまっているのではないでしょうか。

 しかし、これらを確保し、また、私たちの子供たちにもその恩恵を享受させることは、実はそれほど容易ではないかもしれません。経済力が落ちていることもそうですが、冷戦構造が崩れ、中国が台頭、さらには北朝鮮の脅威など、日本を取り巻く情勢も大きな変化を見せています。そうした中、憲法や政治のあり方を、もう少し真剣に議論すべきではないでしょうか。憲法第九条にしても、「自衛権」をはっきりと明記すべきですし、自衛のための軍事力の確保も規定すべきでしょう。

 ただ、先にも述べたように、憲法改正には大きなハードルがあり、また、現状の政治の不安定さでは、政権維持がまず最優先され、憲法改正どころか、国の根幹をなす憲法議論さえ政治の場で十分に行われることは難しいと言わざるをえません。

 しかし、日本の閉塞感を打破し、憲法の理念を守りながらも、再び活力ある国によみがえらせるには、政治のシステムを根本的に見直し、さらにそれを活性化する必要があることは論を待ちません。まずは、憲法改正なしにやれる「道州制」の導入(憲法第九二条には「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。」とあります。)などを真剣に議論すべき時にきているとおもいます。皆さんも一度、憲法前文や憲法の条文の一部でもお読みになられれば、先人たちの苦労や私たちが守り抜かなければならないものなどに気づかされることも少なくないと思います。