小さな行動を一歩踏み込む

2012.10.09発行 Vol.184
 10月1日から「赤い羽根共同募金」が始まりました。街頭などで募金を呼び掛ける姿を数日見かけましたが、残念ながら赤い羽根を着けている人をテレビの画面などで見かけるだけで、街で見かけることはほとんどありませんでした。募金をしている人は見かけるのですが、羽根まで着けている人がいないということでしょう。

 これ以外にも、街で見かけなくなったものがあります。祝日の日に家に掲げられる「日の丸」の旗です。

 私はこの二つの現象に共通点があると思っています。募金をしたいという気持ちは多くの人にあり、実際、それを街頭やそれ以外の方法でされている方も少なくありません。でも、あえて赤い羽根を着ける行動には出ない。また、昨今の尖閣、竹島の問題で、中国や韓国に対しかなりの不快感を持った人も多く、その多くの方が日本について、並々ならぬ愛着の気持ちをお持ちだと思いますが、祝日に日の丸を掲げる行動には至らないということです。

 つまり、気持ちは十分にあるけれども、もう一歩先の小さな行動には至らないわけです。その理由は、「いい恰好をしている」と思われたくない、目立ちたくないなどさまざまなことが考えられますが、いずれにしても一歩踏み込めていないことは否定できません。

 私が、さらに懸念していることは、今は、そういうふうに、寄付に対して前向きや愛国の気持ちをもっておられる方が多いかもしれませんが、そのうちにその「思い」も消えてしまうことです。

 思いやりの気持ちや愛国心がすべての人からなくなるとはとても思えませんが、それを持つ人たちの比率が低下することを懸念するのです。英語のことわざに「Out of sight, out of mind」というのがあり、「去る者日々に疎し」と訳されていますが、目の前に見えなくなったものは、心からもなくなっていくということです。

 今、私たちに必要なのは、もう一歩踏み込んだ小さな行動ではないでしょうか。「いい恰好をしている」と言われても、誰かが一歩を踏みこんで行い、それが「いい恰好」ではなく、普通の行動となるようにすることが大切だと思います。

 生活保護の不正受給が増えていると聞きますが、こちらは「恥」の概念が希薄になっているからだと思います。これもそういう人が増えれば増えるほどそれが「普通」というふうになってしまいがちで、それはとても危険なことです。この国は、現状の名目GDPが約475兆円で1991年とほぼ同じ水準で、経済的にも閉塞感が強くなっています。その閉塞感を打ち破るためにも、悪い方向に向かうことを普通とするのではなく、良い方向に向かうことを普通にすることが大切です。これは企業経営でも同じことです。

 少なくとも私たちだけでも、良い方向に向かう「小さな行動」に一歩踏み込みたいものですね。