安保法制審議でとても残念に思ったこと

2015.10.27発行 Vol.257
 安保法制が国会を通過し、その後、国会も休会となり、来年1月の通常国会までは国会での議論も一休みといったところです。来年は参議院選挙もあり、与野党ともにそこに照準を合わせての行動がこれからは増えると考えられます。そうした中、先日の安保法制議論でとても残念なことがあったので今回はそのことを書きたいと思います。

 それは安保法制そのものについてではなく、参議院の特別委員会での採決の状況でした。自民党が採決を強行しようとしたことも、問題がないとは言えませんが、それに対して野党議員たちが議長席に駆け寄り、物理的な力で採決を阻止しようとしたことです。私はこれを見て、議会制民主主義を冒涜するものだと思いました。

 もちろん、安保法制に関してはさまざまな議論があることは明らかなことです。私自身も「集団的自衛権」は違憲の疑いが強いと思っています。しかし、だからと言って、採決を腕力で阻止しようとするのは、とても問題が大きいと思います。そこまでしなければならないのは、野党、とくに民主党に力がないからです。この場合の「力」とは議席数です。

 なぜ民主党に議席数がないのかと言えば、それは、政権与党であったときにあれだけの失策を繰り返し行ったからです。首相の迷言により沖縄問題を混迷に追い込み、原発事故に際しては、首相がわざわざ現場に行き初動を数時間遅らせ致命的な結果をもたらした、80円を切る円高に日本経済があえいでいたのにそれを放置し経済を大きく後退させ国民を苦しめた、など大きな失策を何度も行い、国民から愛想をつかされ政権から追い出され、多くの議席を失ったのです。

 つまり、民主党の議席がないのは、身から出た錆で、それにより、自分たちが主張していることが議会では通らなくなっているのです。それを暴力まがいで阻止しようとするのは、議会制民主主義自体を冒涜するものです。民主党は、自分たちがそのシステム内に置かれている、議会制民主主義というものがそもそも何なのかということを考えて行動しているのでしょうか。そういった暴力や、ひいてはテロなどをなくしていくために、人類の長い歴史の叡智として、多数決を原理とする議会制民主主義が採用されているのです。それを獲得するために、多くの血が流れたことは周知の事実です。それを、民主党は、自分たちの議席がないことをカバーするために、力で阻止しようとしたのです。国会の外で、議席を持たない一般市民が行ったこととは、次元の違うことなのです。国会議員が議会制民主主義を自ら冒涜するようなことを行ってはいけないのです。得意の「パフォーマンス」だったのかもしれませんが、やって良いことと悪いことの区別までつかなくなっているのでしょうか。

 参議院では、ひとりだけ「牛歩」を行った議員がおり、国会では非難されました。その議員の人間的な問題は別として、まだ、牛歩のほうが暴力よりは数倍マシです。

 民主党は、今回安保法案を阻止できなかったのは、自分たちの無策により議席や政権を失ったためだと謙虚に反省すべきです。失政を重ねた上に、あんなバカげたことを繰り返していては、ますます自分自身の状況は悪化するということが分からないのでしょうか。それとも国民も同様に議会制民主主義の本質を考えず、単なるイベントとして見ているとしたら、そちらも大変なことだと思います。議員も国民も大人になって本質を考えなければ、この国を良くしていくことはできないでしょう。