会社で働くということ

2014.05.27発行 Vol.223
 先日、長年顧問をさせていただいている会社の社員旅行にご一緒して5日間サイパンに行ってきました。普段は、幹部の方たちとしかお付き合いがないのですが、同じ班でご一緒した社員さんたちとお食事をしたりお話ができてとても楽し い時間を持てました。また、先週末は当社のバーベキュー会をOBの方のお家で行 いましたが、こちらも、普段、接しているのと少し違う場面で、働く仲間たちとお付き合いができて、とても良い時間を持てたと思いました。

 私が就職した80年代初頭では、大企業も含め、多くの会社が社員旅行などを行っていたと思います。しかし、90年代の初頭にバブル経済が崩壊し、日本経済が失われた20年を経験し、さらには、その過程で働く人が忙しくなったり、会社によっては非正規雇用の人たちの比率が増加したりで、社員旅行や飲み会など社員同士のコミュニケーションを図る機会が少なくなっているような気がします。

 一方、環境変化とともに、働く人の意識も変わってきているのかもしれません。ずいぶん以前は、会社は家族的な雰囲気が強く、仲間意識もとても強かったのですが、今では、単に「お金を稼ぐ場所」、そこまでひどくなくとも、仲間より自分ひとりのためが最優先と考える人も少なくなく、職場を離れた場所では、できれば職場の人たちと一緒に過ごしたくないと考えている人も少なからずいるようです。

 これは、人それぞれの価値観ですから、私がどうこう言う問題ではないかもしれませんが、私から見ればとてももったいないことだと思います。同じ会社にどれくらいの期間勤めるかはご縁の問題もありますが、それがどれだけ短い期間であったとしても、その期間、一歩踏み込んでご一緒する人たちとできる限り良い関係を持つことと、希薄な関わりで終わるかでは、人生の充実度が大きく違うと思います。もちろん、繰り返しますが、これは各人の価値観の問題ともかかわることですが、会社やそこで働く人たちといつも希薄な関係しか持てないことはとても残念に私には思えるのです。仕事に関しても、働く仲間との関係でも、一歩踏み込めば見えてくるものが必ずありますし、充実感が違うのです。よしんば一歩踏み込んで、期待することと違うことが起こったとしても、そこから一歩引き下がることはできます。しかし、一歩踏み込まなければ、絶対に見えないものは見えないし、得られるものも得られないのです。

 ピーター・ドラッカーが言うように、社会は「人」のために存在し、多くの現代人にとって社会と最も大きな接点を持つのは会社です。その会社が、働く人を幸せにしないということは、社会が人のために存在するということと自己矛盾となりますが、それには会社側、つまり経営者の考え方と、働く人の双方の考え方が重要だと思います。英語の会社は「company」で元々は仲間という意味ですが、語源的には、同じ「panを食べる」というところからきているという説があります。「pan」には、パンとともに鍋という意味もあり、いずれにしても同じ釜の飯を食べるということだそうです。仲間意識を持って働けるか、単なる金儲けの場かで、人生の充実度が大きく違うと思うのです。