会津で思ったこと

2013.07.23発行 Vol.203
 毎年北海道で行っている「経営者合宿セミナー」を今年は会津で行いました。経営者たちに交じって、後継ゼミ生も参加しました。研修を会津で行ったのは、「八重の桜」でも有名になった、藩校の「日新館」を運営する会社の経営者がたまたま当社のお客さまだったからです。

 その日新館では、80歳を超える館長さんからお話を伺い、とても勉強になりました。江戸時代、会津藩では10歳から日新館に通い、儒学などの中国の古典を学ぶとともに、武術、水泳、天文学などさまざまな学問を身につけました。その中でも、親に孝、藩主に忠などの考え方が徹底的に教えられ、会津武士のバックボーンを形成したのです。

 しかし、その考え方は実はもっと小さな子供のころから「什の掟(じゅうのおきて)」として教えられていたそうです。年長者の言うことを聞く、年長者にあいさつする、弱い者いじめをしない、などを教えられ、「ならぬものはならぬこと」として、小さなころから厳しくしつけられているということでした。そのベースがあって、日新館に入学してからも、多くの教えを吸収できたのだと感じました。

 館長さんが、中国古典の教えを日本人が固有のものとして実践しているという趣旨の発言をされましたが、私もその通りだと思います。それが会津に根付いていたのです。ただ、その考え方がやはり時代の流れで軽んじられるようになり、それを懸念した人たちが、日新館を再興し、現在も維持しているのです。人としての基本的に大切な考え方を教える場として、今も活用されているのです。会津では、江戸時代、藩の他の経費を削ってでも、人を育てるということを行ってきましたが、人材教育の重要さを本当に学ぶことができました。

 私たちは、座禅の体験もさせてもらいましたが、普段とは違う経験ができ、館長さんの話も合わせ、精神もリフレッシュしました。日新館の経営者のお話も聞けましたが、「正しい考え方」を多くの人に身につけてもらいたいという「志」にご参加の経営者たちも感銘していました。

 会津でのお話でもうひとつ感じたことは、この国日本でも歴史が歪曲されて伝えられているということです。会津は幕末に、藩主松平容保が京都守護職に就いたこともあり、「賊軍」の汚名を着せられ、戊辰戦争では徹底的に攻撃されました。明治時代に入っても、会津の歴史や考え方、教育などが長い間歪曲されて伝えられたり、そこまでひどくなくとも無視されていたところがあります。江戸は無血開城されたと、「美談」として語り継がれていますが、その一方で実際には会津では数千人の血が流れたとのことです。中国や韓国で、日本に対する記述が大きく歪曲されていることはご存じのとおりですが、勝った側が負けた側の歴史を歪曲するのは、なにも外国だけではなく、日本でもあったことなのです。

 最近、会津藩の教育や日新館のことが教科書に載ったり、「八重の桜」で全国的に認知されたことを地元の方たちは喜んでおられましたが、いずれにしても、私たちは真実を見る目を持たなければならないということです。そして、もうひとつ、会津や福島県内では、いまだに原発の実際の被害や風評被害に苦しんでいる方たちが大勢いらっしゃるということを私たちは決して忘れてはならないことだと思いました。