リーダーシップとは学ぶべきこと

2011.05.10発行 Vol.150
 福島第1原発の対応における東京電力の社長や犠牲者を多く出しつつある食中毒事件を引き起こした焼き肉チェーン店の社長の対応を見て、こんなひどい社長がいるのかと憤りを感じられた方は少なくないと思います。

 私は社長をアドバイスするのが仕事ですが、このようなリーダーが生まれる原因は、リーダー自身がリーダーとは何か、いかにあるべきかという勉強をしていないことが大きいと思っています。世渡りがうまい、金儲けがうまいということで企業トップになる人は少なくないと思いますが、それでトップになったからといって、本来あるべきリーダーになっているかどうかは別の話なのです。

 地位は人を作ると言いますが、それは必ずしも正しくありません。もちろんトップの地位につくことによって、経験から学ぶことはあると思います。しかし、それだけでは十分ではないのです。私は多くの経営者を見てきましたが、経験にプラスして、リーダーとは何かということをしっかりと学ばなければならないのです。さらに言えば、生き方そのものを勉強し、その上でリーダーのあり方を自分自身で自問自答しながら、学んでいかなければならないのです。

 長期間にわたって成功している経営者は、経営の勉強をしていると同時に生き方や考え方の勉強をしっかりとしています。中国の古典を読んだり、師と呼ぶにふさわしい人に師事するなどして、しっかりと自分のあるべき姿を勉強し、それを普段から実践しています。そうやってあるべきリーダーシップを身につけているのです。

 なぜ、私たちがリーダーシップや生き方を勉強しなければならないかというと、戦後教育でその部分がまったく欠落しているからです。江戸時代のリーダー層である武士階級は、朱子学や論語などを子どもの頃から徹底して教えられました。佐賀藩などでは、「葉隠れ」にもあるように「武士道とは死ぬことと見つけたり」というように、「死」ということを常に精神的に直面させる教育がなされました。

 明治に入っても、その思想が教育勅語や軍人勅諭に反映され、その後、日清、日露、太平洋戦争 へと突入していったのです。 そこには、国のために死を恐れない、あえて言えば、死を美化する風潮さえありました。

 戦後の教育はこの「危険な」思想を徹底的に排除することとし、それに成功したのです。愛国心や武士道精神を徹底的に排除し金儲けだけに日本を集中させ、「エコノミックアニマル」と揶揄されるまでに至ったのです。まるでこれは、マルクス主義の唯物論で精神的に真っ白な状態に、改革開放路線という名の資本主義を導入したため、拝金主義となった今の中国人と非常に似た状況を、戦後教育は日本に作り上げたのです。その過程で、正しい生き方やリーダーシップについて多くの日本人は学ぶ機会を失ってしまいました。そして、そのような人たちが、社長として「リーダー」をしている結果が現状なのです。戦後教育により、自分や自社が生き延びることだけしか考えない偽物のリーダーが大量生産されたのです。

 状況が良い時には、真のリーダーでなくとも組織はある程度回っていくことがあります。しかし、危機時にはリーダーシップを学び、それを普段から実践している人でないと危機や苦難を切り抜けられないのは、このところのわが国の首相たちを見ると明らかです。

 私は戦前の教育を必ずしも良いと言っているのではありません。しかし、リーダーとなる人は、しかるべき本を読み、良い師をもつなどしてリーダーとしての教育を受け、そして学んだことを普段から実践していくことが大切です。リーダーシップは学ぶべきもので、自然に身に着くものではありません。