ビジョンや理念なき総選挙を憂う

2017.10.10発行 Vol.304
私は、経営コンサルタントとして多くの会社やビジネスパーソンを見てきましたが、「ビジョンや理念」の大切さを感じることは少なくありません。東芝の事件を例に出すまでもなく、「ただ、儲かりさえすればいい」といったような会社は、結局はダメになることを身をもって感じているのです。そうした点において、今回の、衆議院解散を見て、私は、とてもこの国の将来が心配になりました。

講演などでよく話すことですが、「一番強い組織は宗教団体」だと私は考えています。企業でも100年、200年と続くところは少ないですが、宗教団体は1000年以上組織を維持しているところも多くあります。それは、金でも地位でも名誉でもなく、「考え方」を求心力にしているからなのです。「ビジョンや理念」というあるべき姿を持っているからです。逆に「ビジョンや理念」という求心力のない組織は、目の前のことだけを何とかクリアしようとする単なる合目的的な烏合の衆に過ぎず、とても弱いものなのです。

今回の総選挙に関しては、私から見れば、国を代表する人たちを選ぶような立派な選挙にはとても思えないのが残念です。多くの政党や議員が、「ただ選挙に通るだけ」が目的となり、そこには「ビジョンや理念」がまったく見えません。「通らなければ議員ではない」と言えばそれまでですが、そんなものは個々の議員の言い分であって、政治や国家に対する「ビジョンや理念」のためには、自分を捨てる覚悟を持った人が議員になるべきで、逆にそのような人が、自分の保身のために策を弄する人よりも尊敬されるのは明らかです。政党ももちろんそうあるべきです。そのような政党や人を望んでいる私が青臭いと言えばそれまでですが、「理念やビジョン」なき経営の悲惨な末路を多く見てきただけに、本当にとても心配なのです。

安倍首相は、臨時国会の冒頭で、所信表明演説も行わずに、解散を行いました。野党からの「森友問題」や「加計問題」などへの質問を封じるためです。首相の大義名分としては、教育の無償化などを掲げていますが、これも取って付けたような感じは否めません。所詮、「方便」なわけです。

野党も、民進党に至っては、安倍政権への対抗軸をつくるという「大義名分」のもと、解党に等しい行動をとりましたが、これも、世間の支持を失った党の議員が、なんとか自分だけは生き延びたいという「策」にすぎません。そこには「ビジョンや理念」はおろか、なんらの思想すら感じられません。そして希望の党に受け入れられなかった人たちは、結局急こしらえで政党を作るに至っています。もともと、考え方が違うのだから、最初から合流を目指さなければよかったのです。

本にもときどき書きますが、私がコンサルタントとして独立してすぐの20年ほど前に、倒産直前の会社で研修をしたことがありました。ことの経緯は省略しますが、実際にその会社は、研修後半月ほどで倒産しました。以前は40人ほどいたものの倒産直前には20人ほどになった従業員さんに一人ずつ前に出てきて、話してもらったのですが、入社2年目の女性の言葉を私は今でもよく思い出すのです。「社長のセルシオのために働いていると思ったらあほらしくて働けない」。車を売ったくらいのお金ではどうにもならないので社長は、最後まで高級車に乗っていたのだと思いますが、社員にはそう映ったのです。「ビジョンや理念」が希薄で、ただ儲かりさえすればいいという会社の末路は悲惨なものです。この国もそうならないことを心から願っています。


【小宮 一慶】