バブルの経験

2013.05.14発行 Vol.198
 アベノミクスのおかげもあり、円安・株高が進みました。東証の時価総額も、昨年の底から140兆円以上の増加です。これは国民一人当たり100万円以上になり、3月の全国百貨店売上高も、前年比3.9%の久しぶりの大幅増加に転じました。現金給与総額が3月までは減少していることを考えると、ミニバブルによる「資産効果」が生まれていることは間違いがないと思います。

 このミニバブルが本当の景気拡大や経済の転換につながるのか、それともバブルだけで終わるのかはこれからの政策などにかかっていると思いますが、80年代後半の激しいバブルを知っている私たちから見れば、今後の状況に関心を持たざるを得ません。私は、現在55歳ですが、経験としてバブルを知っているのは、私より10歳くらい下の方たちまでではないでしょうか。バブルを知らない人たちが増えている中で、バブルの経験を持つ私たちは、そのことを今、お知らせしておく必要があると思います。

 80年代後半は、本当にびっくりするくらいのバブルでした。名目GDPが80年代前半に比べ、90年代初頭には2倍になりました。現在の名目GDPが1991年よりも低いということを考えても、その頃が異常なバブルで、また、その後の日本経済も異常な低迷をつづけたということが分かります。日経平均も89年の年末には、38,915円をつけました。80年代前半にようやく10,000円を超えたばかりでしたから、いかに経済や株価が上がったかが分かります。

 バブルのきっかけは85年の「プラザ合意」にありました。その頃、日本製の自動車や家電製品などの米国などへの輸出が急増しました。米国の貿易赤字、とくに対日赤字が急増しました。ドル‐円の為替レートが240円前後だったこともあり、円安是正が国際問題化し、85年に米国ニューヨークのプラザホテルで円高に誘導することでG5が合意しました。直後から円高が始まり、一気に1ドル=150円程度まで円高が進みました。

 これでは円高不況が起こるということで、金融緩和が行われました。政策金利がどんどん下がりました。一方、その頃、外資系企業、とくに金融機関の日本への進出が本格化し、都心のビル需要が増加し始めた頃でした。金融緩和での余剰資金とビル需要が一致し、都心の土地価格が上昇をはじめ、それが周辺地域、そして地方に波及し、バブルが発生したのです。もちろん、過剰流動性は株式市場やゴルフ会員権に向かいました。小金井カントリークラブの会員権が4億円をつけたのもこの頃です。インフレはそれほど進行しませんでした。

 私はその頃、銀行員をしていました。私自身は融資業務には携わっていませんでしたが、同僚から、不動産業者に売買資金を融資したら、「現金で持ってきてほしい」と言われ、数億円を持っていくと、目の前で、手数料と称して、その場にいた人たちに、数百万円ずつ、お小遣いのように手渡していた、という話を聞いたことがあります。(もちろん、同僚はそれを受け取りませんでしたが・・・。)

 しかし、90年代初頭にバブルが崩壊し、日経平均はその後、長い間低迷を続けました。銀行は不良債権処理に苦しみ、結局100兆円の不良債権を処理し、その過程で、北海道拓殖銀行や日本長期信用銀行などが破たんし、すべての都市銀行や多くの中小銀行が再編を余儀なくされたのです。先ほども述べましたが、91年以降、日本の名目GDPは全く伸びていません。米国はこの間、2倍、中国は10倍以上の拡大です。

 今回のアべノミクスやその中での黒田ショックは、今のところ景気に良い影響を与えていますが、それがアベノミクスの「3本目の矢」である産業政策に結びついて「本物の」経済再生につながることを願ってやみません。当時よりも財政赤字が格段に大きく、さらに少子高齢化が進んだ現状の日本で、バブル崩壊の大変さを二度と経験したくないと思っています。