アメリカは寛容さを失うのか

2017.02.14発行 Vol.288
日米首脳会談も無事に終わり、多くの日本人はほっとしているといったところでしょうか。今後は、麻生副総理とペンス副大統領を中心に、両国の担当部署による自動車や農産物といった具体的な分野での二国間交渉が繰り広げられていくものと思われます。

トランプ政権はTPP(環太平洋パートナーショップ)のような多国間での交渉ではなく、日米間など二国間での協議に、各国との交渉を持ち込もうとしていると考えられます。このやり方は、軍事力や経済力の強い米国にとって極めて有利で、今後の展開に注意が必要なことは言うまでもありません。

ところで私は、アメリカの寛容さがこの先失われていくのかどうかを、とても心配しています。もちろん、国家間や企業間の交渉では、とても厳しい面をこれまでもアメリカやアメリカ人は見せてきました。私も若いころにM&Aやライセンス契約などの交渉をアメリカの企業と行いましたが、それはタフなものでした。それでもベースのところではアメリカ人は寛容さを持っていました。

私は大学生時代の1979年に初めてアメリカに行き、カリフォルニア州サンディエゴ郊外のアメリカ人家庭にひと月あまり滞在しました。その間には、そのホストファミリーの両親の家に泊めてもらったり、旅費は自分で負担しましたが、家族旅行にも一緒に行かせてもらい、1週間ほどワシントン州にまで連れて行ってもらいました。彼らは当時は30台半ばの夫婦で、4歳の女の子がいました。日本ではその年代なら自分たちの生活で手一杯の人が多いでしょうが、見ず知らずの大学生を1カ月も泊めてくれる彼らの寛大さに驚いたものです。あれから40年近く経ちましたが、今でも彼らとお付き合いがあります。

二度目にアメリカに渡ったのは、就職して4年目の1986年でした。銀行からの派遣でニューハンプシャー州にあるダートマス大学タック経営大学院というビジネススクール(経営大学院)に留学したのです。もちろん勉強は厳しいものがありましたが、言葉のハンディキャップがある私に教員も多くの学生もとても親切に接してくれました。中にはレポートの英語を添削してくれたクラスメートもいました。今私は、その学校のアジア地区アドバイザリーボードのメンバーをしています。また、住んでいた場所が田舎だったこともあるでしょうが、地域の人たちも親切で、運動のために道を歩いていると「乗っていかないか」と車を止めてくれる住人も少なくありませんでした。

私が経験したアメリカは、寛容の精神に満ちていました。もちろん、都会では日本とは比べ物にならないほど犯罪も多く、留学中にたまに行ったニューヨークやボストンも当時は街が荒れていてとても危険な地域もありました。しかし、大多数の人は寛容の心を持っていたと思います。

理想主義と自由、そして寛容が私の心の中にあるアメリカですが、そのアメリカが、この先どうなっていくのかとても心配です。そして、世界の多くの国々が自国中心になっていることも気がかりです。

【小宮 一慶】