「義」と「利」

2011.01.11発行 Vol.142
2011年になりました。今年最初のメルマガです。本年もよろしくお願いします。

  今年最初のメルマガは皆さんには意外かもしれませんが「論語」がテーマです。今、私は、ある出版社さんのご依頼で論語についての本を書いています。20代の後半ころから論語など中国の古典に興味を持ち、53歳の今までときおり論語も読んできましたが、このたび本を書くにあたり、論語やそれに関連する文献を結構読みました。論語というと何か古臭いと思われる方も少なくありませんが、現在に通ずることも少なくない、というか、ほとんどのことが現在にも適用できることです。人生の本質というのは、2千5百年以上前と少しも変わらず、ビジネスにも通じることもたくさんあります。明治の大実業家渋沢栄一翁は論語に基づいて経営を行ったことはよく知られていることです。

  論語には「義」という言葉がよく出てきます。有名なものに「義を見て為さざるは勇なきなり」というものがあります。義とは人としての正しい行いということです。世の中のためにふさわしいことと言ってもよいでしょう。また「利」という言葉も出てきます。「利によって行えば怨み多し」とあります。利とは自分にとって望ましいもの、都合の良いこと、欲しいものを言います。

  ビジネスで失敗する人を多く見てきましたが、かなりの部分「利」を追って失敗しています。利とは自分にとって望ましいもので、それだけを追いかけても周りの人はそれを望んでいるかどうか分からないので、うまくいかないのです。

  しかし「義」だけで「利」がなければ自己犠牲になってしまいます。

  最も望ましいのは、「義」と「利」を一致させることです。つまり、自分にとって望ましいことと、周りの人や社会全体が望ましいこととを一致させるのです。イチロー選手がヒットを打つことは、本人にとっても望んでいることですが、球団や多くのファンにとっても望ましいことです。これは「利」と「義」が一致していると言えます。企業が良い商品やサービスを適正な価格で提供することも、お客さまや世間に望ましいことですから、「利」と「義」が一致していることです。しかし、企業が自分の金儲けしか考えなかったり、働く人が自分のことしか考えないのは「利」を求めていますが「義」ではないのです。

  私の人生の師匠である曹洞宗の藤本幸邦先生は、「人生は串団子」とおっしゃっていました。自分、家族、会社、社会というそれぞれの団子のまん中を串が通るような生き方をしなさい、どれを犠牲にしてもうまくいかないとおっしゃっていましたが、「利」と「義」を一致させるということも、同じことなのではないかと思います。

  「利」と「義」が一致するところで常に行動していれば、自分も楽しいし、周りにいる人にも喜んでもらえます。そうすると長続きしますし、次第に使命感も持てるようになるのではないでしょうか。

  論語の最後に「命を知らざれば、以て君子たるなきなり」とありますが、利と義が一致した仕事をし、それを天命と感じられれば大変幸せなことですね。今年もよろしくお願いします。